基礎知識
カスハラ対策義務化でコールセンターはどう変わる?AI・NLPで実現するオペレーター保護と顧客対応の両立

「電話越しの暴言や執拗な要求でオペレーターが疲弊し、離職が止まらない」という悩みを抱えるコールセンターは少なくありません。2026年10月からはカスハラ対策が義務化されるため、企業は具体的な体制づくりが必要になります。
AIやNLP(自然言語処理)を組み込んだシステムを活用すれば、カスハラの早期検知や管理者への自動通知、ボイスボットによる一次対応など、現場の負担を減らす仕組みの構築が可能です。
本記事では、法改正の概要や企業が負うリスク、AI導入の5つのステップについて解説します。
カスハラ対策義務化とは?法改正の概要と企業が負う義務

カスハラ対策義務化は、2025年6月に成立した改正労働施策総合推進法によって定められた制度です。2026年10月1日からの施行となり、すべての企業に対応が求められます。まずは法改正の中身から確認していきましょう。
2026年10月、改正労働施策総合推進法が施行される
これまで努力義務とされていたカスハラ対策は、2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法により、事業主が講じるべき措置として義務化されます。パワーハラスメント対策と同じく、労働施策総合推進法に基づく事業者の義務となるため、企業は対応を後回しにできません。対応を任意で判断できる段階は終わり、必ず体制を整える必要があります。
義務となる5つの雇用管理上の措置
義務化にともない、企業は雇用管理上の措置として次の5つに取り組まなければなりません。
・方針の明確化と周知・啓発:カスハラへの対応方針を定め、従業員に周知する
・相談体制の整備:相談窓口を事前に設置し、適切に対応できる体制を整える
・事後の迅速かつ適切な対応:被害の発生後に事実確認、被害者への配慮、再発防止を行う
・抑止のための措置:悪質なカスハラへの対処方針を事前に定めて周知する
・その他の措置:相談者のプライバシー保護と不利益な取り扱いの禁止
いずれも文書を作って終わりではなく、従業員が実際に相談でき、被害が起きたときに組織が動ける状態を整えることが求められます。
対象は規模・業種を問わず全事業主
措置義務の対象は、労働者を1人でも雇用するすべての事業主です。中小企業や個人事業主も例外ではなく、パワハラ防止法のときのような経過措置は設けられていません。
つまり、規模の大小にかかわらず、2026年10月1日からカスハラ防止措置を講ずる義務を負うことになります。なかでも、小売・飲食・医療・介護・コールセンター・公共窓口といった不特定多数の顧客と日常的に接する職場では、早めの準備が欠かせません。
カスハラとクレームの違い
クレームとカスハラは分けて考える必要があります。クレームは商品・サービスに対する正当な意見や要求を含み、企業が誠実に向き合うべき顧客の声です。
一方でカスハラは、言動の内容または手段・態様(要求の仕方や態度など)のいずれかが社会通念上許容される範囲を超え、労働者の就業環境が害されるものと定義されます。要求そのものが不当な場合だけでなく、内容はもっともでも伝え方が度を越える場合も、カスハラに該当することを押さえておきましょう。
カスハラ対策の義務化で企業が問われる責任
カスハラ対策の義務化への対応を怠った企業は、「民事上の責任」と「行政からの措置」という2つのリスクを負います。具体的に確認しましょう。
対応を怠ると安全配慮義務違反として民事責任を問われる
カスハラを放置した結果、従業員が精神的な不調に陥って休職や退職に至ると、企業は安全配慮義務違反として損害賠償請求を受ける可能性があります。安全配慮義務違反をめぐる裁判では、事業主に義務付けられた措置をどこまで実施していたかが、判断材料の一つとして参照されます。
カスハラ対策を講じていなかった事実そのものが、企業側に不利な証拠になりかねないということです。法改正後は、何もしないこと自体が経営リスクになります。
違反企業には助言・指導・勧告・企業名公表が下される
カスハラ対策措置義務に違反した事業主に対しては、厚生労働大臣が報告を求めるほか、助言・指導・勧告を行えます。また、パワハラやセクハラと同様に、勧告に従わない企業は企業名が公表される仕組みです。
刑事罰こそありませんが、指導や勧告を受ければ対応のための事務負担が生じ、企業名の公表に至れば社会的信用への影響も避けられません。行政措置を受ける事態に至らないよう、施行前の体制整備が求められます。
カスハラ対策義務化がコールセンター運営に突きつける課題
コールセンターがカスハラ対策義務化に対応するには、オペレーターの保護、証跡の保全、人手不足への対応という複数の課題に取り組まなければなりません。現場で何が壁になるのか、順に見ていきます。
オペレーター保護の仕組みの整備
カスハラによるストレスは、オペレーターの離職の大きな要因の一つです。オペレーター個人に我慢を強いる状態である限り、離職を減らすことは困難です。オペレーターを組織全体で守るための体制を構築する必要があります。
具体的には、相談窓口を事前に定めて周知し、相談窓口担当者が適切に対応できる体制を整えます。これはカスハラ対策義務化対応の一環であると同時に、安心して働ける職場環境を整え離職防止にもつながる取り組みです。
通話録音・記録による証跡保全体制の構築
通話録音は「言った・言わない」のトラブルを防ぐための客観的な記録であり、カスハラ対応に有効な仕組みです。通話開始時に録音している旨を案内することで、悪質な行為への牽制となり、カスハラの抑止効果も期待できます。
ただし、録音データを残すだけでは、実務で十分に活用できるとは限りません。日時や担当者、対応履歴などと紐づけて管理し、必要なときにすぐ取り出せる状態にしておいてこそ証跡として機能します。
対応人員の確保が困難な人手不足の現状
体制の強化にあたり、人手を増やして解決する方法は現実的ではなくなっています。厚生労働省の2024年の雇用動向調査では、コールセンター業を含むサービス業の離職率は2024年時点で20.3%と、主要産業で2番目に高い水準です。
採用難も慢性化しています。リックテレコムが提供する「コールセンター白書2021」によると、「十分な応募数を確保できていない」と回答した企業が約60%に上りました。
さらに、生産年齢人口は2030年にかけて減り続ける見通しで、人員の上積みによる課題解決は構造的に難しいといえます。
カスハラ対策の中核を担うAI・NLPとは|コールセンターで何ができるのか
人手を増やせないなかでカスハラ対策の義務化に対応するには、AI、特にNLPの活用が解決の鍵になります。ここでは、NLPの基本と、コールセンターで実現できる5つの機能を紹介します。
NLPは通話データから顧客の意図と感情を自動で読み取る
NLPとは自然言語処理のことで、人間の言葉をコンピュータが理解・分析・生成するAI技術を指します。コールセンターでは、まず音声認識によって通話をテキスト化し、そのデータをもとに意図理解や感情分析、要約といった処理へつなげるのが一般的です。
通話音声という埋もれがちなデータから、顧客が何を求め、どのような感情を示しているのかを自動で分析できるため、VoC分析、応対品質の改善などに幅広く活用されています。
感情分析でカスハラの兆候をリアルタイムに検知する
AIを用いれば顧客の声のトーンや語彙、文脈を分析し、怒りや興奮の兆候をリアルタイムで検知する感情分析も可能です。アラート機能を備えたシステムでは、兆候が検知されると管理者へ通知されるため、エスカレーションするかどうかの判断を素早く下せるようになるでしょう。
オペレーターが異変を自己申告しなくても組織が状況を把握しやすくなるため、1人で抱え込ませない支援体制づくりにつながります。感情分析については「感情分析とは?3つの活用例、AI導入成功へのステップを解説」の記事をご覧ください。
クレーム分類で問い合わせを自動振り分けしてエスカレーションする
NLPは、問い合わせ内容の自動分類にも活用できます。内容に応じて担当部署へ自動で振り分けたり、対応優先度を設定したりできるため、初動の迷いを減らせます。
さらに、カスハラリスクをスコアリングし、リスクの高い案件を経験豊富なオペレーターやSVへ自動で振り分ける仕組みも構築可能です。
案件の内容や難易度に応じた自動振り分けにより、新人には対応しやすい案件を割り当てられます。特定の担当者に負担が偏る状況も減らせます。
ボイスボットの一次対応がカスハラの発生を抑制する
AIボイスボットに電話の一次対応を任せれば、オペレーターが顧客から暴言・罵声を直接受ける機会を減らせます。また、ボイスボットが顧客の用件や状況を事前に把握するため、オペレーターは対応に備えやすくなる点もメリットです。
感情的になっている顧客も、ボイスボットとのやり取りを挟むことで、人につながるまでに気持ちが落ち着く可能性があります。AIボイスボットを活用することで、カスハラの発生件数自体の減少効果が期待できます。
通話要約によるカスハラ証跡の保全と記録の効率化
AIが通話内容を自動で要約するため、元の通話データや日時、担当者、対応履歴と紐づけて管理すれば、カスハラの事実確認に使えます。オペレーターが手作業で行っていた記録業務の時間も大きく削減できます。
さらに、蓄積した要約をVoC分析にかけることで、カスハラの発生傾向を可視化し、再発防止策を検討する材料にすることも可能です。通話要約は、証跡保全と記録業務の効率化、再発防止策の検討を同時に進められる機能といえます。VoC分析については「VoC分析とは?収集方法からAIを活用した分析・成功事例まで解説」の記事をご覧ください。
「AIが担う領域」と「人が担う領域」の切り分け方
コールセンターにおけるAI活用の効果を出すには、AIに任せる領域と人が担う領域をあらかじめ分けておく必要があります。ここでは、切り分けの考え方を整理します。
AIが担うのは定型・反復・感情温度が低い問い合わせ
AI化の効果が出やすいのは、営業時間や料金の確認など回答パターンが決まっている「定型業務」と、手続き案内のように条件分岐があってもルール化できる「準定型業務」です。こうした問い合わせをAIが完結させれば、オペレーターが対応する件数を減らせます。
対応件数が減れば一件ごとに向き合う余裕が生まれ、カスハラに発展する前の丁寧な対応もしやすくなります。まずは、人による細やかな対応を必要としない定型的な問い合わせからAIに任せていくとよいでしょう。
人が担うのは法的リスクや交渉・複雑な感情をともなうクレーム
一方で、顧客が感情的にヒートアップしているケースは人間が担うべき領域です。共感や傾聴、寄り添う姿勢が求められる場面で、AIだけの対応は逆効果になりかねません。
また、補償交渉や特別対応の可否といった判断は経営的な意味合いを持つため、権限のある上位者が引き受ける必要があります。クレーム対応や解約交渉のような非定型業務ではAIを補助に回し、有人対応を残す設計が現実的です。
カスハラ対策義務化に備えるAI活用の導入ステップ
最後に、カスハラ対策義務化に備えたAI活用の進め方を5つのステップで紹介します。土台となる方針を定め、小規模に導入して成果を確かめながら範囲を広げていく流れがおすすめです。
Step1|対応方針の文書化と記録体制の整備
最初に取り組むべきは、カスハラへの対応方針を就業規則や社内規程、対応マニュアルなどに明文化することです。カスハラの判断基準や対応方針を全従業員に周知徹底しましょう。
ツール導入より先に方針を固めておくのは、その後のAI活用における判断基準にもなるからです。また、方針文書の整備は義務化への対応状況を示す資料にもなり、安全配慮義務違反のリスクを下げることにもつながります。
Step2|録音・文字起こし・通話要約から始める
AI活用の入り口としては、録音・文字起こし・通話要約の3つが適しています。導入のハードルが低く、始めた直後から証跡保全と業務効率化の両方に役立つためです。
音声をテキスト化しておけば、通話内容を全文から検索できるようになり、カスハラ事案が起きたときの事実確認にかかる時間を短縮できます。データが自動的に蓄積される仕組みを作ることが、次のステップの土台になります。
Step3|感情分析・クレーム分類・カスハラ検知を実装する
Step2で蓄積した通話データをもとに、感情分析、クレーム分類、カスハラ検知を順次実装していきましょう。感情分析を使えば、通話中のカスハラの兆候をリアルタイムで検知して管理者へアラート通知でき、エスカレーション判断を支援できます。
オペレーターの自己申告を待たずに組織が介入しやすくなるため、現場任せだった判断を仕組みに置き換えられます。
Step4|ボイスボット展開とVoC分析の本格活用
検知や分類の精度が確認できたら、ボイスボットによる一次対応の自動化を本格展開します。オペレーターにつながる前の段階でカスハラリスクを下げつつ、有人対応の件数を減らせます。
併せて、蓄積された通話データを活用し、VoC分析のサイクルを回しましょう。どのような場面でカスハラが起きやすいのかを可視化できれば、その傾向をもとに再発防止策や予防策を立てられるようになります。
Step5|現場オペレーターのAI不信を解消し定着させる
最後の関門は、現場の心理的な抵抗です。AIは応対を監視するツールではなく、オペレーターを暴言から守る盾のような役割を果たすツールであることを導入前に丁寧に説明し、理解を得ながら進めましょう。
AIの役割や操作方法、AIで対応しきれない場合の引き継ぎフローを研修で共有しておけば、現場の不安を減らせます。加えて、AIの分析結果を誰がいつどのように業務改善へ活かすのかというフローまで説明しておくと、現場の協力を得やすくなり、運用が定着しやすくなります。
カスハラ対策義務化に関するよくある質問
カスハラ対策の義務化について、よくある質問にQ&A形式で回答します。
Q. 中小企業や個人事業主も対象になりますか?
対象となります。労働者を1人でも雇用しているすべての事業主が対象で、事業の規模や業種は問われません。パワハラ防止法のときに設けられたような中小企業向けの経過措置もないため、大企業と同じく2026年10月1日から対策が求められます。
Q. 正当なクレームとカスハラは、どう線引きすればよいですか?
内容と要求の仕方に加え、就業環境への影響も踏まえて判断してください。
正当なクレームは商品・サービスへの意見や改善要求であり、企業が誠実に対応すべきものです。これに対しカスハラは、要求内容が妥当性を欠く、または手段・態様が社会通念上許される範囲を超え、労働者の就業環境を害する言動を指します。
Q. AIを導入すれば、オペレーターは不要になりますか?
不要にはなりません。
AIと人にはそれぞれの役割分担があります。AIはオペレーターを暴言から守る盾として活用し、有人対応を補助、強化する存在と位置づけるのが現実的です。
まとめ:カスハラ対策義務化に備えよう
カスハラ対策の第一歩は、方針を明文化して相談窓口と記録管理の体制を整備し、その内容を全従業員へ周知することです。そのうえでAIやNLPを活用すれば、感情分析によるカスハラのリアルタイム検知やクレームの自動振り分けなどの仕組みを構築できるようになります。
スモールスタートで効果を確かめながら広げるために、まずは音声のテキスト化と録音分析から着手してみてはいかがでしょうか。
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